今考える「理想の教師像」を語らせてほしい

子に寄り添う親の姿

昨日の現場復帰報告(記事はコチラ)に続き
今日は今考える「理想の教師像」
って自分にとって何だろう?って考えてみる。

個人間で差があることであり
その人が持つ考え方がすべて正解と前置きした上で
そーさんの「理想の教師像」を書いてみる。

結論から言うと
理解者として記憶に残る人間
になること。

実は高校の先生は
ほとんど記憶にないから(単純すぎる。笑)

高校の先生が悪いのではなく、
校種によっても特徴が違うということ。

小学校→ほとんどの教科が同じ担任
中学校→教科担任制だが生徒と接する機会が多く距離も近い。
義務教育なので服装の乱れなどは指導される。

高校はクラス数も多く、教師が多いため
一度も教科担任にならない人が多い。
校則も緩くなり、生徒との距離も希薄である。
義務教育ではないので、見て見ぬ振りでも生徒の自己責任である。

だから高校で覚えてるのは
接触頻度の多い担任と、部活の顧問。+クセのある数人。

先生の教えで鮮明に覚えていることがある。

中学校の技術科の先生の
家や教室の蛍光灯をパチパチ点けたり消したりしなさんな」という話だ。

それぞれの家の風景を思い浮かべながら、
電球は使用頻度が多く短時間の使用…トイレ、玄関などにあり、電気代は一定のリズムで上がる
蛍光灯は使用時間が長い特徴がある…リビング、部屋の中心部にあり、電気代は最初に一気に上がり後はジワジワ上がる

その電球と蛍光灯の電気代が交差するのが「20分」だ。
20分以上電気をつける場合は蛍光灯
20分以下の利用は電球

だから、蛍光灯をパチパチ点けたり消したりすると電気代が勿体ないよ。
家の電気も、もちろんそうだから覚えておきな。

グラフを書いて、日常生活にまで落とし込んだ話は
その日から今日までずっと行動に影響している教えである。

「その人から離れても、残っているものが
本当の学びである」って言葉はよく耳にするアレ。

なぜ高校時代の先生を覚えていないか思い出すと
中学を卒業して高校に入学するときに
家庭環境が変化したのはかなりデカかった。

父上→早朝〜夜遅くまで勤務
母上→単身赴任
で、身の回りのことは自分でやることに。

新しい環境で
学力、部活動、家事炊事…ほか。
周囲に任せきりで育った末っ子にはキツかった。←自分が悪い笑

結果、キャパオーバーして無気力になった。
授業中は基本睡眠。赤点、赤点。
脳内はグルグルいらん事考えてた。

そりゃ先生からは
厄介なヤツ」というレッテルを張られる。
周囲からは次第に相手にされなくなってった。

本読むといいよ〜」とか
先生なりにアドバイスはしてくれるんだけど
心に突き刺さるものではなかった。

上部だけの言葉を愛嬌良くスルーしてく日々。

自分なりに打開してくエネルギーも無く
中学時代の悪友と連んでちょい悪さして楽しんでる日常。

そうなると、先生からの話を聞いた
親とも関係が悪くなってったり、
また悪いサイクルにハマってった。

自分の時間を無駄に過ごしてた。

この経験から、学んだこともある。

✔︎学業不良とどう向き合う?
✔︎家庭環境の乱れがある生徒とどう接する?
✔︎自分だったらどういう言葉をかける?

って考えることができた。

だから、高校の教師になりたかった。
いや、教師というか理解者くらいのもんでいい。

自分と同じ思いをしている生徒に寄り添って
何かやりたいこと一緒に見つけられる大人で在ればいい。

上から物事を伝えるティーチングより
横から最適解へと導くコーチングが求められる時代に
そんな理解者になることを意識しよう。

これが、そーさんの理想像で
現場でやりたいことだなって心から思えるし、
今後そういう在り方で居られるよう、成長していきたい。

PS
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